他者と比較して自分を評価している?社会的比較論とはどんな仕組みか

2019年9月13日




自分に価値がなかったら何が悪い!
という思いをしている人っていると思います。

しかも、周りから見て、「あの人はデキる!」と思われている人も自信がなかったりします。
価値があるかないかを他者との比較で考えてしまうとそのように感じる人がいるかもしれません。

今回は、周囲と比較して自分の立ち位置や判断基準を決める社会的比較論についてみていきましょう。

基準は自分の外にある

自分を評価する時に、何をもってすごいと感じるでしょうか。

例えば、毎年背が10cmずつ伸びているとします。これって結構すごいことですよね。
成長期にはあり得ることですが、そんなに伸びない人もいます。

ぼくは三年間で30cm伸びましたが、そこで打ち止めです。もう少し伸びたかったですが、仕方ないですね。

余談はさておき、毎年10cm伸びている人にとっては、「それが普通の事」という認識です。だって、普通に背が伸びているわけですから、何かを苦労して、やったわけでもなく、生活していたら伸びていた。という状況です。

そうなると、自分自身でそのことをすごいだなんて思えません。
ものすごく努力した。食生活に気を付けた、ならわかりますが、そうでない場合は背を伸ばすのが大変だということが分かりませんよね。
身長にコンプレックスがある人にねたまれてしまいそうです。

そこで、周りを見回してみて、「身長が年に10cm伸びている人がいない」という事を確認して初めて、自分は違うと認識できます。
誰かと比べることで相対的に自分はどうなのかを知ることが出来る。

こういった状況を社会的比較論と言います。

社会的比較論では、以下の二つの事を認識します。

・自分の立ち位置
・ものごとの判断基準

ひとつずつ見ていきましょう。

自分の立ち位置の確認

上にも書きましたように、自分がどの程度のものなのかを認識する時に、基準がないといけません。
それを周囲に求めます。最初は身近にいる人たち。特に学生時代は一緒の学校の人たちですね。
社会に出ると同じ会社の人、そうしてもう少し視野を広くしていくと、同じ年代の人。

給料が少ないな、と思う人は同世代の給料の平均を調べたことがあると思います。
その基準をもって、自分はいい位置にいる、自分は平均より劣っているという認識を持ちます。

dummy

うそっ私の年収低すぎ?!

というフレーズがありますが、まさにこれも周りと比較した結果、自分の収入が低いんだと認識していることになりますね。
知らなければ低いと思う事はなかったはずです。

その時に、人より優れていれば安心しますし、人より劣っていることが分かれば焦ったり悔しがったりしてやる気を出すことにつながります。

これを上方比較と下方比較といいます。

上方比較

上方比較は自分より上の人と自分を比較して、自分の目標やお手本の様にしようというやる気を引き出すことが出来ます。
年収の話で言えば、

dummy

私と同じくらいの年齢であんなに稼いでいる人がいるなんて・・・。頑張らなくちゃ

と思う人もいるでしょう。

ただ、この時、比較する人があまりにも自分とかけ離れていると、その地点にたどり着くまでの道のりが想像できなくて、諦めてしまう事にもつながります。

dummy

月収1000万だと?!俺の年収より高いじゃねーか。これは無理だな

比較対象は自分よりちょっとすごい人を基準にするといいですね。

上方比較は向上心が高い人は良く行う傾向があります。

下方比較

これは自分より、劣っている人や不幸な人を見て満足をえることです。

dummy

(おっ、この人は俺より年収低いぞ。しめしめ)

dummy

他人の年収と比較して優越感を得るなんてサイテー

dummy

本当に最低ですね。だから成長できないんですよ

dummy

(なんで心の中を読まれてるの・・・)

下方比較は自分の現状が悪いものではない、という事を確認する作業で、現状維持でも大丈夫、という気持ちを持っています。
心の安定を誰しもが望むので普通の心の動きとも言えますね。

何が何でも成長しなくてはならないと自分を追い込むより、自分を知って満足を得ることも重要なことです。

ただ、下を見て比較しているので、向上心が低いことが多いです。

ものごとの判断基準

何かを判断する基準なんて自分が好きか嫌いかでしかないと思うかもしれませんが、そう簡単に行かないこともあります。
スマホはiphoneとそれ以外のスマホのような構図になっていますが、

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iphoneが最高だぜ!

って人もいれば、

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私は3大キャリアじゃないけど、安くて機能に不満がないから楽天モバイルで十分

という人もいます。

ここで最初からiphoneを買いたいと思っていたとしたら

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iphoneが最高だぜ!

という言葉を聞くと

dummy

あー、やっぱりiphoneっていい商品よね。うん、iphoneにしよう

と思う事になり、自分の判断は間違っていなかったと確認することが出来ます。

同じ行動をする人がいれば、客観的に見て自分が正しいと思えるからです。

それでは、iphoneを買った後に

dummy

私は3大キャリアじゃないけど、安くて機能に不満がないから楽天モバイルで十分

という言葉を聞くと

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えっ、安いの?iphoneは月々の支払いが高いから、失敗したかな・・・。

と思ってしまうかもしれません。

目的のスマホを手に入れて、問題なかったはずなのに、他人と比べることで自分の行動が失敗だったかもと思ってしまうのです。

実際に使われている例

社会的比較論はどのような場面で疲れているのでしょうか。
見ていきましょう。

食べ物屋さん

多くの商品ラインナップがある食べ物屋さんなどではよく見られますが、「当店NO.1」などのポップが貼られていたりしますよね。
商品の中でランク付けされていれば、「これは多くの人が選んでいるんだ」という安心感が生まれます。

人は基本的に失敗しなくないので、

多くの人が選んでいる=正解に近い

と考えます。正解に近ければ、自分は間違っていないと思えて安心できます。

dummy

当店NO.1だって。じゃ、私これにしてみよう

というように安心したい人もいれば

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おススメ?そんなものより俺は自分の食べたいものを食べるぜ!

というように、我が道を進むのが好きな人もいます。
みんなと同じという事があまり好きではない人は、おすすめから外れたものを選んでしまいがちになります。

食べ物屋さんでしたら、おススメを選ぶも良し、自己責任ですごいメニューを頼むのも良し、です。

使ってみないとわからない商品をアピールする時

CMでシャンプーや食器用洗剤などをアピールする時に「当社比」や「他社製品と比べて」ってありますよね。
その類似製品を使っているのに、更に性能がアップしている(かもしれない)と思わせる時に使います。

dummy

えーっ!この洗剤で結構油汚れ落ちてると思ったのに更に落ちやすくなるなんて助かるわー

dummy

(所帯じみてるなぁ)

と思ったり、

dummy

このシャンプーでさらに滑らかストレートリッチになれるなんて…。これ以上かわいくなっちゃったらどうしよう

dummy

(結構自分に自信あるんだなぁ)

さまざまですね。
これは「良いものなら使いたい」という気持ちと「損したくない」という気持ちがあり、自分の現状と比較してみたくなるものです。

dummy

使ってみたけどあんまり油汚れ落ちないなぁ

となれば、今までの自分の選択は良かったと認識できますし、

dummy

なにこれ?!めっちゃ落ちるんですけど!ヤバキチ!

となれば、改善できてよかったと思ったり、「損しなくてよかった」と思えます。

まとめ

判断基準は、自分の中以外にあることが多いです。
ただ、いつも外との比較で判断をしていると、他人の判断に振り回されてしまう事になります。

良いものは良い、と自分で判断することが出来れば他人との比較で振り回されたりしないので、自分の中にも芯となる判断基準を設けておくといいかもしれません。