語学を勉強したくなる時

2019年7月18日

 

中学高校大学で勉強したのに英語がしゃべれなかったら何が悪い!

教える方の体制か、勉強のやり方か、ぼく自身のオツムが悪かったんでしょうねえ…(遠い目)

語学と言えば、世界の共通語として広く使われている英語をイメージする人が多いのではないかと思います。

多くの学校で習う語学でもありますので、日本の学校を卒業した人なら必ず触れる事になります。

そして、冒頭の魂の叫びの通り、足かけ10年も勉強したのに、英語がしゃべれません。この一つの理由として、中学と高校の英語は受験用の勉強で、語学としての勉強ではないので、話せるようにはならないと言われています。

話せないぼくがこう書くと、すべて負け惜しみや、負け犬の遠吠えにしか聞こえないのはなぜなんでしょうか…。

逆に話せはしないけれど、読んで理解するだけなら出来るという人は多くいるのではないかと思われます。

受験の英語では長文を読んで、内容を理解して設問に答える形式の問題がありますので、まずは英文が読めないと話にならないってことで、読解力を高めるからです。

でも、近年ではちゃんと話せる英語を勉強させようと、リスニング(聞き取り問題)も試験内容に盛り込まれていますね。

ぼく自身が受験生の頃はリスニングがなかったので、どんな内容かわかりませんが、日常会話を聞かせて、何を喋っていたかを問う問題になっているのではと思います。

受験英語で話せないのは、受験では単語が提示されているから、ですね。

字の形が提示されているので、自分から発想しなくてよく、問われたから返すという受動的なものだからです。

穴埋め問題や、英文で回答する問題も、予想の範囲内の単語を使います。学校の試験はそれこそ範囲が決まっているので、範囲の単語や文を暗記してると何とかなりますから、余計に残らない事になります。

そしてこれ、ぼくの実体験…です。
結構勉強したはずなのに何も残らないのは悲しいです。

浪人したときにキチンと勉強したので、浪人時代に身につけたものはわりかし残ってそうですが…あんまり残っていません。

これって、刺激が目と手しか使っていないことも英語が話せない要因の一つです。

そもそも言葉を話すときには、頭で考え、相手を観て、シチュエーションを感じて、自分の声を自分で聞いて、相手の語調も噛み砕いて、それで会話してますよね。

目と耳と口と頭と体を総動員して、会話しているわけです。

そうすると、各パーツの刺激が連動して、言葉や記憶を刻み込んでいきます。

二つのグループで動物の数を記憶させる実験を行いました。
片方のグループは何も見せずに口頭でだけ数を伝えます。もう片方は、フリップにその動物の絵を描いた物を見せながら、数を伝えました。

そうすると、フリップを見せながら数を教えたグループの方が、数を正確に覚えている人が多かったのです。

また、洋楽を聴く人ならわかると思いますが歌の歌詞なら英語でも、結構楽に覚えられると思いませんか?

歌が好きで何回も聞いているってのもあるかもしれませんが、歌詞カードを見て、音楽を聴いて、自分でも発声して、ってやっていますよね。

これも、体のいろんな感覚を複合してしみこませているので、覚えられる訳ですね。

では、社会人になってから、語学を勉強したいときっていつでしょうか。
仕事で必要だから?趣味?いやいやいや。
気持ちを伝えたい人が出来た時でしょう。
言葉が上手になりたければ、その言葉をしゃべることの出来る恋人を作れとは、古今東西言われ続けていることですね。

自分のこの熱い思いをなんとしてでも伝えなければと思えば、言葉の壁なんてなんのそのです。

でも、悲しいかな、ぼくが最近語学が出来ればなあと思ったのは、御徒町駅で外国人観光客の方が、JR御徒町駅の前で「Okachimachi?Shinokachimachi?」と言って困っていたときです。

新御徒町駅はちょっと離れたところにあるのでわかりづらかったと思います。仲御徒町だったかな?

ささっと近寄って「Excuse me?」なんて言って案内できれば良かったのですが、通勤途中だったのでその場を立ち去ってしまいました。

また、りんかい線に乗っていたときに、中国人の家族連れが入ってきました。小さいお子さんが三人もいて、席を譲ったところ、その小さいお子さんから謝謝とお礼を言われましたが、こちらは頭を下げるばかりで、無愛想に感じたかもしれません。

帰ってから単語を調べましたが「不客气」(プカチー)で、どういたしましてと言う意味らしいです。言語的には「気にしないでください」と言う意味で、汎用性のある言葉です。

そんなこんなで、次回謝謝と言われたときには、満面の笑みで「不客气」と言ってやるぞと心に誓うのでした。

困ったり、感謝したり、そういう場面だと気持ちを伝えたいって気持ちが大きくなりますので、ああ、伝えきれなかった…。と思ったときは学習のチャンスかもですね。