首里城が火事で全焼。建物だけではなく他にもなくなったものとは?

2019年11月4日




首里城で火事が発生して、建物が全焼してしまいました。

出火原因はわからないけれど、そんなことは今はいいんですよ。
今は心の中にぽっかりと穴が開いている人が増えているはず。

首里城って形だけじゃなかったんです。

実は心の中にも建っていた

現在の建物が建てられてからもう30年以上経っていて、目にした人はきっとたくさんいます。
ツイッターでも落胆している人の声がたくさん挙がっているし、思い出の一枚をアップしている人もたくさんいます。

旅行者のほうが写真を撮っているので、たくさん写真を持っていたりするけれど、現地に住んでいる人の方が首里城に触れている時間は長い。

そして、そういう人たちの中には生まれた時から首里城があるって人がいるでしょう。
そうなると、なんか首里城はあって当たり前って感覚ができてくる。

毎日意識しているわけじゃないのにすーっと心の中に居座っている。
今回は首里城だけど、日本各地でそういったものってたくさんあると思う。

ものというか、建物、シンボルだよね。

例えば、京都なら金閣寺。どんなに好きでも金閣寺に毎日行く人は職員さんじゃなければいない。
なんなら年に一回も行かない人だっている。

でも、きっと金閣寺は京都に長いこと住んでいたら、気持ちの中になぜか入っていると思う。

有名どころが目に入るだけで、一人一人の中には、その人の心の中に大きく占めるものがきっとあるはず。
ぼくは学生時代に十日町小学校近くの図書館によく行っていたものだから、あそこが火事になったりしたら少し寂しいと思う。

首里城が失われた時に感じる寂しさの原因

自分がかつて触れたものがなくなる時に感じる寂しさって、モノが失われるからという理由だけじゃない。
そこには自分のたどってきた道があるからだと思っている。

自分の成長過程で首里城に触れている期間が例えば3年あったとしたら、自分の人生の記録を首里城に預けているような感覚になる。

これは人によるものだから、必ずしもそうではないけれど、気持ちの切れ端くらいは置いといてもいいだろう。
で、今回の火事の様に、何かがあって失われた際に、その預けていたものまでもがなくなってしまったように感じるだろう。

歩いてきた道すじが途中で一部欠けている。そんな喪失感。

そしてそれは自分のルーツを失うのと似ている。
自分の人格を育ててくれた環境が失われると、自分の中の何かまでもが奪われてしまったような気持ちになる。
それほど影響を受けていたことにきっとびっくりする。

首里城を再建する力はたくさんある

火事になったばかりで、すぐに再建という事にはならないだろう。
出火原因が分からないそうで、今後の防災のためにも出火原因のめぼしはつけておかなければならない。
その現場検証などにどれくらいの時間が使われるかは今のところ分からないけれど、そんなに簡単には終わりそうもない。

朽ちた建物の片付けもあるでしょう。
気持ちの整理もあるでしょう。誰の?ないか。

こころにスキマができたってことはそれを埋めたくなる気持ちも発生するわけで。
首里城はたくさんの人の心に寄り添ってきたから、もう一度建て直したい!という思いを持っている人はたくさんいる。

その人たちの力を集めたら案外簡単かもしれない。

京都アニメーションの放火事件で資産がなくなり、再建する資金がなさそうであったけれど、今まで京都アニメーションの作品で楽しんできた人たちは、自らの財産を投じて再建を祈願した。

直接関係ないという語弊があるかもしれないけれど、アニメを通じて自分の中で、恩を感じたり何かを得たと思っている人達が京都アニメーションに復活してもらいたいと思ったからである。

首里城にもそういう事を感じている人がいたら、再建のための力はたくさん集まる事だろう。

寂しい気持ちは感傷かもしれない

とはいっても、報道直後なので、この気持ちは感傷かもしれない。
感傷とは以下のような言葉です。

物事に感じやすく、すぐ悲しんだり同情したりする心の傾向。また、その気持ち。

出典: kotobank.jp

物事に感じやすい、つまり、今は悲しい出来事があったから悲しいと思い、このあといい報道があればそれによってテンションが上がるというな心の動きですな。

まぁ、悲しい気持ちが何日も続くと辛いので、感傷と思って、ショックを受けた人は早めに回復するのを期待したい。

文化財が焼失

正殿などの建物は図面が外部にあるので、焼失されても実はそこまで問題ではない。
時間とお金をかければ、またもとのように戻せる可能性は高い。今回は焼失前までは、復元完成に30年余りの歳月を費やしていたので、また30年後に今の形を取り戻すことは不可能ではない。

ただ、展示されていた絵画や漆器などは、建物焼失とともに失われた可能性が高い。
「南殿」と「寄満」という建物にある耐火性の高い収蔵庫に収められていたものは焼失せずに残っているそうだが、それでも全体として約1500あった文化財のうち400余りは失われてしまった。

写真などは残っているだろうが、歴史を伝える遺物としての価値は失われてしまう。
歴史的価値のある物の展示方法の改善が今後行われれば、今回焼失した文化財も意味があったという事になる。

ぜひ、活かしてもらいたいものだ。

最後に

首里城は今回で5回目の焼失という事である。
失われるたびに、人々から求められ何度も復活してきた。
それは首里城を望む人が多くいたという事でもある。

この先も再建して、もしかしたら6度目の焼失があるかもしれない。
でも、その時もまた首里城の復活を願う人の手で再建されると確信しています。

再建の力が集結しつつあります※2019年11月4日追記

ふるさと納税という形で、既に2億円以上のお金が集まっている模様。
2019年11月1日から寄付という形でのふるさと納税を募って3日で2億円。
計1万4千人以上からの寄付が集まっている。

これはおそらく沖縄に住んでいる人だけではなく、日本全国にいる人たちから寄付が集まったに違いない。
これほど多くの人の中に首里城が、ひいては沖縄の文化が残っていたのだ。

そもそも、沖縄に対して悪感情があれば寄附をしようと思わないので、言うなれば首里城だけでなく、その周辺を含めた沖縄という文化に好意を寄せているともいえる。そしてそれは、住民たちの努力の結果によるものだろう。